忍者ブログ
モノころがし

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

忘れ路

 半年が経った。
 世界は変わっていく。
 自分以外は、みんな。


 こんなところにいらっしゃったんですね。
 声がして振り向いた。
 この半年でようやく花が咲くようになった庭でひとり、風に吹かれていたエルディは、その声の主を見止めて心の中でため息をついた。
 几帳面そうな青年。
 確かウェンデルの出身だ。
 先のイルージャの戦いで共闘した仲ではあるが、大して付き合いがあるわけでもない。
「…何の用だよ」
突き放すように言っても、相手に動揺の気配はなかった。
「先日お願いした話ですが、お引き受けいただけませんか」
「………」
 その先日、最初に話を持ちかけたとき、横で聞いていたワッツに物凄い剣幕で怒鳴りつけられたのに、諦めてはいなかったらしい。

―英雄が必要です。
 彼はそう言った。

―希望、といってもいい。
 全てを最初からやり直さなければならないこの世界で、皆に光を与えるものが必要なんです。

 希望になれ、というのか。
 自分にとって何より大切だった希望が、すべて捧げられてしまったこの世界で?

「イルージャに降りた女神、彼女への信仰は少しずつですが広がりつつあります。
 しかし、それだけではまだ弱い。
 『世界を救った英雄』である貴方が世界を引っ張っていってくれるならきっと」
「俺は!」
 言葉を切った。
 たまらなかった。
「俺が本当に救いたかったのは、世界なんて大層なものじゃないんだよ…!」
 絞り出すように言って、そのまま庭をあとにした。
 もうこれ以上、あの声を聞くのにも耐えられなかった。


 似ている、と気づいたのは全てが終わってからのことだった。
 幼い頃からいつも側にいた親友。
 話し方、声、ちょっとした仕草、生真面目で誠実な性格。
 でも一つだけ違う。
 あれ程のひたむきさは、親友にはなかった。
 あんな、残酷なまでにひたむきな思いは。


 親友が、どんな思いで魔に憑かれたのかは知らない。
 それまでに、どれだけ苦しんだかは知らない。
 でも一つだけ確かなのは、彼が魔に憑かれたまま逝って良かったということだけだ。
 もしも自分が何をしたか知ってしまったら、きっと耐えられなかったろうから。

 そうもしも、彼が今ここにいたらどうするだろう。
 怒るだろうか。この半年、一歩も前に進めなかった自分に?

 それでも良かった。ただ。

『もう一度あえるなら』

 その言葉だけは飲み込んだ。
 見上げた青空だけは、遠い昔と同じ色をしていた。

PR
Material by 箱庭マナ工房 / ATP's 素材置き場  Powered by [PR]
忍者ブログ