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モノころがし

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聖剣伝説4 ジャドにて

1階にいるジャドの子どもと2階にいるジャドの子どもを同一人物化してるのはご愛敬。

◆◆

あいつだ…!

遠くにその人影を見止めたら、もうたまらなかった。
手近にあった、枯れた木の棒一本だけを手に、走り出していた。
不意をついて殴りかかってやろうと思ったのに、そいつはすぐにこちらの気配に気付いて振り向いた。
目が合った。
自分をみつめるその双眸は、ジャドの赤い月よりもずっと深く、昏く、まるで血の色のようだと、そう思った。
足は踏み出したかたちのまま、一歩も動けない。
それでも必死に、そいつを睨みつけていた。
そいつが許せなかった。
自分の大切なものを、すべて壊したそいつが。

 

少年が生まれたジャドの国は、決して豊かな国ではなかった。
砂漠に覆われた国。
欲しいものが手に入らなくて泣いて、親を困らせたこともよくあった。
それでも家族は身を寄せ合って、貧しいながらもあたたかい日々を過ごしていた。
それに、最近この国の首長になった人が、各地に点在するオアシスの間の行き来が楽になるようにルートを布いたり、真水の池を掘ったりしてくれたおかげで、随分暮らしが楽になったと、日々母は笑っていた。
安心して学校に通えるようになったと、姉も喜んでいた。
首長のような「えらい人」になりなさいと、父は自分の頭を撫でた。

そんなささやかな幸せは、突然に奪われた。

空が赤く染まった。
ジャドの紅い砂の大地は、時に空をも砂で覆い、紅くしてしまうことがある。
けれどその時の赤さは、少年が、この国の人間が知っているものとは全然違った。
禍々しさ。
それを色に置き換えたら、こんな風になるだろうか。
最初は何が起こったのか、全く分からなかった。
人々の不安を載せて、時だけが過ぎていった。
そのうち、隣の国からボロボロの人たちがいっぱいやってきた。
逃げてきた、とその人たちは言う。
何から、と聞けば、分からない、と答えた。
「難民」。
その人たちはそう呼ばれた。
それを追いかけるようにして、モンスターが押し寄せてきた。
ジャドにももともと、たくさんのモンスターがいる。
それでもその時やってきたモンスターは、今まで見たこともないやつばかりだった。
知っているモンスターに似ているのもいる。
だけど、どれもこれも、不気味な黒い模様に全身を覆われ、その目には狂気の歓びが宿っていた。
混乱のうちに、少年は家族とはぐれた。
名前を呼んで探しても、返ってくるのはモンスターたちの咆吼ばかり。
途方に暮れた。空は赤かった。
そんな時に、一人の女性と出会った。
北の国からきた女性だった。
頼りなげで、はかなげな女性だったけれど、子どもが一人いて、けれどその子どもとはぐれてしまったと言った。
いつしか、女性は少年を「坊や」と呼び、少年は女性を「ママ」と呼ぶようになっていた。
けれど、ジャドの惨状は、そうしているうちにも進行していた。
黒い大きな鞠のようなものが、街路に、屋根に、建物の隙間に、いつの間にか埋め込まれていた。
そしてそこから黒いお化けが町にあふれ出し、人々を襲うようになった。
お化けに襲われた人もお化けになって、また人を襲った。
町は混乱を極めた。
そしてある時、少年は見た。
その黒い鞠、ウェンデルから来たおじさんが「タナトスコア」と呼んでいたそれを、創っているやつがいるのを。
その時は遠くから見ただけだった。
でもその姿は忘れなかった。
人のような姿、しかしその左の肩は大きな植物の花のようにいびつな形をしており、腕には異形の弓が絡みついていた。
人ではあり得ない肌の色、そして、赤い瞳。
そいつが。
その「妖魔」が、自分の大切なものを奪ったやつに間違いなかった。
だから、「ママ」が食べ物の配給を受けるために出かけている間にそいつを見つけたとき、ただ怒りだけがこみ上げてきて、思わず走り出していた。

そいつに見つかって、「怖い」という感覚が今更のようにわき上がってきたけれど、逃げることはできなかった。
震える体を抑えて、木の棒を構える。
言ってやりたいことがいっぱいあるのに、言葉が出てこない。
そいつは不思議そうにこちらを見て、少し首を傾げたようだった。
長い髪が風に揺れた。
「お、お前あの……タナトスコア、を、つくってるやつだな!?」
やっとの思いで絞り出せた声は、自分でも情けなくなるくらい震えていた。
「お前のせいで、みんなが悲しい思いをしてるんだ。
 お前なんかがいるせいで…!!」
こみ上げてくる怒りに任せて、一気に言葉を吐きだした。
それなのに、そいつは表情を変えないまま、こちらをみつめているばかり。
「………で?」
ややあって、先に口を開いたのは、そいつの方だった。
「それで、後先考えずに飛び出してきたのか?
 そんな、木の棒一本だけで?」
そう言って、そいつは笑った。
バカにされたと思って、カッと頭に血が昇り、
「なにを……」
浴びせかけようとした罵声は、思わず、喉で止まってしまった。
そいつの表情が信じられなかった。
「エルみたいだな」
知らない誰かの名前を口にするそいつは、どこか懐かしむような、悼むような寂しい笑みを浮かべていた。
そんなはずはなかった。
こいつが、こんな顔をしていいはずはなかった。
まるで……人間のような。
大切なものを失う悲しみを知っている人間のような。
呆然としている少年に、そいつはまた笑いかける。
「…見逃してやるよ。
 どのみち、この国も近いうちに落ちる。
 争いは終わる。全てが、あるべき姿におさまる」
最後は呟くように言葉を切って、そいつは地を蹴った。
人のものではありえない跳躍で屋根に飛び乗ると、そのまま赤い空に溶けるように消えた。
少年はただ、その空を見上げていた。
「ママ」が帰ってきて、ぼんやりと座り込んでいる少年に気付き、驚いて駆け寄ってきた。
どうしたの、と心配そうに自分を覗き込む顔に、大丈夫、とだけ答えた。
そして思った。
あいつは……あの「人」は、これからも、町を壊し、人の命を奪い、悲しみを広げていくんだろうか。
あの人は、そんなことをしていていい人なんだろうか。
誰かが、あの人を止めてはくれないんだろうか。
誰かが、止めなくてはならないのに…。
「ママ」の腕をぎゅっと握って、少年は赤い空を見上げ続けていた。

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